2015年8月15日土曜日

安倍首相の戦後70年談話の歴史認識

安倍首相の戦後70年談話の歴史認識は、日清戦争・日露戦争をはじめとする日本が行った戦争を
①当時の列強が植民地政策をおこなっていたのにならった

②「満州事変」などの軍事行動に世界の批判が高まったことによる経済的な影響などを、単に「経済のブロック化」により日本経済は大きな打撃を受けた とすり替えている

③日本はやむなく戦争をはじめた という当時の指導者の主張をにじませるものとなっている

④日本の行った植民地政策への反省はなく、逆に植民地政策の結果である日露戦争を美化・正当化している・・・・他にも問題点はあると思いますが、列強に遅れて植民地政策を実行したらバッシングを受けた。そのために戦争に打って出たら世界を相手に戦うことになってしまった・・・という言い分がにじんでいるように思えるもので、村山元首相がこれならなしの方がよかったと語ったのは至当と思える。

以下は、首相官邸のホームページでの発表全文から歴史認識にかかる部分を抜粋したものです。
(首相官邸発表の70年談話全文からの抜粋)
 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。
 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。
 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。
 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。


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